2008年09月04日

カスタムガバメント

モデルガンを始めると必ず一度は通るカスタムガバ!ワシが最初に経験したカスタムガバは実に辛い思い出になったのだ! 今、思えばモデルガンを買うという事は失敗の連続である。それを乗り越え真のモデルガンマニアになるのだ。1983年2月号のコンバットマガジンを読んでワシの胸はときめいたのだ!。 そこにはすんごくカッチョイイカスタムの記事があった。 




 それはクーパーというカスタムメーカーが当時、発売間もないスズキコマンダーをべースに仕上げたカスタムガンだった!発火方式も独自の「スーパーBLK」という物を導入。(ほぼデトネーターみたいなもんだが)カスタムパーツ満載で 「コンバットマスターモデル」が32000円!なのだ。文中にはご丁寧に「32000円とは安いとおもいませんか?」などと書かれており、無意識に「うんうん!安いと思うぞ!」などと根拠のない妄想に洗脳されてしまうのであった! 



 しかし当時中学生のワシにそう簡単に32000円は出せるものではない。それで既に持っていたコマンダーにパーツを追加する事にした。スライドパーツ込みコンバットフロントサイト加工、S&Wリアサイト加工、ローエジェクションポート加工、スチールエキストラクター、リコイルスプリングガイド、で総額送料込み19300円なり!う~ん 結局、最初からカスタムガン勝ったほうがいかったぞ? 早速現金書留にお年玉の殆どを閉じ込め送ったのだ!さあ早くこい!俺のカスタムガン! 




 しばらくしてパーツが届いた! 早速開封してパーツのチェックだ! スライドを見る!「すんげ~雑~!」フロントサイトは浮き上がってるわ、ローエジェクションポートは自分でやった方がよさそうだわ、「おどろくほどスムース」とうたっていたリコイルSPガイドは動きが硬すぎてスライドを引くと前に戻らないしまつ・・・ まあお年玉シーズンに大々的に広告をうったので注文がドカッと集中したのだろう。そんな想像を思わせるには充分な出来栄えだった!。32000円とは安いと思いませんか・・・という言葉が頭の中を駆け巡ったのでありました。  


Posted by ガンスミス  at 22:56Comments(7)ガンの思い出

2008年09月01日

モデルガンとの出会い

私が初めてモデルガン(以下MG)を手に入れたのは、MG規制がスタートして間もない頃だった。6歳年上のい

とこがMGファンだったのだ。いとこが持っていた黒く重い金属ピーメは(規制後だから大きな声では言えな

い・・・)とてもカッコよかった。ずっと憧れていたがしばらく経った後、私の誕生日にそれをプレゼントしてくれ

たのだ! ほんとにうれしくて感動したもんさ(目を細め遠くを見る・・) そのガンは、今思えばMGCのシ

ビリアンだったと思う。そのピーメにはグリップが無くハンマーのコイルスプリングは剥き出しなのだ。下手に握れ

ばバネに手を挟まれる。グリップの無いフレームの角ばりは痛いし、おまけにハンマースパーが折れていて亜鉛のザ

ラザラが剥き出しで、コッキングするたび親指の皮がむけるくらい痛い。さらに小学校低学年の手にはあまりに重く

「これはトンデモナイじゃじゃ馬を手にしちまったぜ!」などと自虐的な自己満足を得たのである。わたしはそのガ

ンを、持っていたおもちゃのビニール製ホルスターに入れ遊んだ。だがその圧倒的な重量に間もなくホルスターは裂

けた‥‥。「ほんとうにどうしようもないじゃじゃ馬だぜ」 その日から私の相棒は決まったのである。
 
対する宿命のライバルは、いとこが持つ「ダイヤモンドバック」だった。名前を聞いた時なんだかキラキラ宝石が散

りばめられたハンドバッグを想像した。やつは(ダイヤモンドバック)全身金色でいかにも現代的なスカシたルック

スだった。ダブルアクション、スイングアウトまでしやがる。手強い相手だ。しかし俺は果敢にもシングルアク

ションで戦うのであった。戦いの前にはせっせとカートに紙火薬を詰めるのである。いつも2枚が定番で実に気持ち

イイ音がした。なんせガス抜けバレルだ、パンパンと煙が飛んでゆくのだ。しかし金色の奴は完全に鼻詰まりだ。迫

力という点では比較にならないくらいに俺の相棒は勝っていたのだ。「イカシたじゃじゃ馬だぜまったく‥‥」とは

言え心の奥底ではスイングアウトや金色お肌に憧れていた。なんで金色になったのかは当時の私にはまったく理解で

きなかったのである。黒いガンより金色がカッコ良く見えるなんていかにもお子様らしい考えだ。憧れのあまりに僕

はトンでもない暴挙に出たのである。プラカラーの金色でピーメ全体を塗ってしまったのだ!! しかも筆塗り。

メッキの金ピカには程遠い艶の無い金もどき、むらありという情けない姿になっちまったんだ。「あんなにイカシた

奴だったのに誰だ、こんなにした奴ぁ・・・」(お前だ!)でも大丈夫、プラカラーなんて爪で引っかいただけでも

すぐ剥がれるんさ!「おーおーよう剥がれるわ」スクラッチカードを剥がすように楽しく作業し順調に全ての塗料を

剥がしたのであった。途中何箇所かで当たり!が出た(嘘)「これでまたお前はイカシたじゃじゃ馬だ!」手にした

ピーメを見てドガビーン・・・塗料と一緒にガンブルーまで剥げ全体がグレーになっちまったのだ・・・・・「誰が

こんな駄馬にしやがったんだ!」(お前だNo2)そんな姿に成りながらも相棒は元気にバカスカと白煙を吐くので

あった。しばらくバカスカ撃っていると次第にカートがシリンダーに収まらなくなってきた。「おかしいなあ 機嫌

直せよ じゃじゃ馬ちゃん!」 なんの事は無い。火薬汚れだったのだ。汚れの酷い紙火薬を掃除も無しで撃ちまく

っていたのだから当然だ。しかし元来の面倒くさがり掃除しないで済ます方法を時間をかけ考えるのだ。(その時間

で掃除しろ)なんとシリンダーに入りきらないカートが隣の穴にはスポッっと入ったのだ。「これだ」(ニヤリ)そ

れ以後6発のカートが入る穴をそれぞれ探しまわり装備する日々が続いた。なあに安心だ。六つも穴があるんだ。ど

こかには収まる。しかし、程無く、カートはどこにも入らなくなった・・・・さすがにじゃじゃ馬にも疲労が見える

ようになった。紙火薬で汚れ、バラバラに分解されたピーメはいつしか組み立てられないまま何処かに行ってしまっ

た。「さよならも言わないで旅立つなんて最後まで粋なじゃじゃ馬だったぜ」「ピーメ!カンバ~ック」
  


Posted by ガンスミス  at 01:24Comments(0)ガンの思い出

2008年08月29日

燦然と光り輝くUデパート

僕が始めてMGを買ったお店「Uデパート」 僕のMG生活には無くてはならない秘密基地なのだ! 僕の住んでる町には当然のようにMGなど無い。でもMG専門店に行きたいという想いは募るばかり。親父と映画「あしたのジョー」を見に札幌に行った帰り、「MG屋に行きたい」と言っても却下されたのだ。ケチである。親父には模型を作ったり、MGで遊んだりという趣味はまったく無いのだ。手先も不器用で小さい頃プラモのタイヤをシャフトにはめるときに手で無理矢理押し込んでホイルからシャフトが突き抜けたり、ワイルド7のバイクの絵を描いてくれと頼んだ時、幼稚園児の僕が見てもへたくそな絵を描いていた。でも手先が不器用な割りに世渡りは器用だった^^あっしとは間逆であるのだ。そんな事だから自分でMG探しの旅に出なければならない。ある日偶然にも隣町の「Uデパート」というお店にMGが置いてある事を発見した僕はそれからというものしょっちゅう通う事になりました。それはもう必然の如く・・・ 隣町へ行くには一時間に一本のバスに乗らなくてはいけない。まあでも20分もあれば着くのだ。でもその20分が期待と興奮で長いことこの上ない。「Uデパート」にはバスターミナルがくっ付いていて終着駅がUデパートなのだ。もうワクワクドキドキなのである。バスを降りお店までの短い通路には顔の絵が書かれたゴミ箱があり「子供に見せたくない本などなんでも食べます」と口から物を入れれるようになった箱が置いてあり「この中にはあんな本が・・」などと妙に興奮した(別な意味で)。店に入り小さなエスカレーターに乗り2階に上がるとそこはプラモが山積みにされた模型コーナーや王様のアイディアのような面白グッズがありその隣にMGがガラスケースに並べられていた。コクサイやMGC,マルシンが多くてWAは無かったなあ。しょっちゅう行っていたので店のおじさんやおばさんとは顔見知りになった。お小遣いが貯まるとそそくさとUデパートに行きMGを買い続けたのだった。新製品が出ると「おばさん これ見して」とショーケースから出してもらった。そして「これ下さい」と言うと驚いたように「ええ?買ってくれるの?」と言ってたっけなあ。なんてアットホームなんだ。MG専門店なんてクセのあるあんちゃんが多い中、田舎のお店はここがいいのだ。中学時代はもうUデパートの為に生きていたようなもんだ。お金に余裕がある時は2階の隅にある喫茶店でクリームソーダとカツ丼を注文した。もう至福の極みなのだ。クリームソーダは「そんなに氷いらねえよお」というくらいびっしり氷が詰まっていた。でも美味しかった。隣町で知った顔が少ないせいもあり本屋でちょっとHな本を買うのにも好都合だった。(まあ思春期なので) 一時間に一本しかバスが無いので時間が合わないと歩いて帰ったりもした(約12km)しかし僕も大人になるにつれMGを買う拠点を徐々に札幌に移してしまった。こんないいお店を捨てて都会の絵の具に染まってしまったのだ。ああ、なんて酷い俺! もうもう思い出がいっぱいでせめて1日だけでもあの日に帰りたいと心底思う今日この頃なのである。  


Posted by ガンスミス  at 23:57Comments(2)ガンの思い出