2008年09月01日

モデルガンとの出会い

私が初めてモデルガン(以下MG)を手に入れたのは、MG規制がスタートして間もない頃だった。6歳年上のい

とこがMGファンだったのだ。いとこが持っていた黒く重い金属ピーメは(規制後だから大きな声では言えな

い・・・)とてもカッコよかった。ずっと憧れていたがしばらく経った後、私の誕生日にそれをプレゼントしてくれ

たのだ! ほんとにうれしくて感動したもんさ(目を細め遠くを見る・・) そのガンは、今思えばMGCのシ

ビリアンだったと思う。そのピーメにはグリップが無くハンマーのコイルスプリングは剥き出しなのだ。下手に握れ

ばバネに手を挟まれる。グリップの無いフレームの角ばりは痛いし、おまけにハンマースパーが折れていて亜鉛のザ

ラザラが剥き出しで、コッキングするたび親指の皮がむけるくらい痛い。さらに小学校低学年の手にはあまりに重く

「これはトンデモナイじゃじゃ馬を手にしちまったぜ!」などと自虐的な自己満足を得たのである。わたしはそのガ

ンを、持っていたおもちゃのビニール製ホルスターに入れ遊んだ。だがその圧倒的な重量に間もなくホルスターは裂

けた‥‥。「ほんとうにどうしようもないじゃじゃ馬だぜ」 その日から私の相棒は決まったのである。
 
対する宿命のライバルは、いとこが持つ「ダイヤモンドバック」だった。名前を聞いた時なんだかキラキラ宝石が散

りばめられたハンドバッグを想像した。やつは(ダイヤモンドバック)全身金色でいかにも現代的なスカシたルック

スだった。ダブルアクション、スイングアウトまでしやがる。手強い相手だ。しかし俺は果敢にもシングルアク

ションで戦うのであった。戦いの前にはせっせとカートに紙火薬を詰めるのである。いつも2枚が定番で実に気持ち

イイ音がした。なんせガス抜けバレルだ、パンパンと煙が飛んでゆくのだ。しかし金色の奴は完全に鼻詰まりだ。迫

力という点では比較にならないくらいに俺の相棒は勝っていたのだ。「イカシたじゃじゃ馬だぜまったく‥‥」とは

言え心の奥底ではスイングアウトや金色お肌に憧れていた。なんで金色になったのかは当時の私にはまったく理解で

きなかったのである。黒いガンより金色がカッコ良く見えるなんていかにもお子様らしい考えだ。憧れのあまりに僕

はトンでもない暴挙に出たのである。プラカラーの金色でピーメ全体を塗ってしまったのだ!! しかも筆塗り。

メッキの金ピカには程遠い艶の無い金もどき、むらありという情けない姿になっちまったんだ。「あんなにイカシた

奴だったのに誰だ、こんなにした奴ぁ・・・」(お前だ!)でも大丈夫、プラカラーなんて爪で引っかいただけでも

すぐ剥がれるんさ!「おーおーよう剥がれるわ」スクラッチカードを剥がすように楽しく作業し順調に全ての塗料を

剥がしたのであった。途中何箇所かで当たり!が出た(嘘)「これでまたお前はイカシたじゃじゃ馬だ!」手にした

ピーメを見てドガビーン・・・塗料と一緒にガンブルーまで剥げ全体がグレーになっちまったのだ・・・・・「誰が

こんな駄馬にしやがったんだ!」(お前だNo2)そんな姿に成りながらも相棒は元気にバカスカと白煙を吐くので

あった。しばらくバカスカ撃っていると次第にカートがシリンダーに収まらなくなってきた。「おかしいなあ 機嫌

直せよ じゃじゃ馬ちゃん!」 なんの事は無い。火薬汚れだったのだ。汚れの酷い紙火薬を掃除も無しで撃ちまく

っていたのだから当然だ。しかし元来の面倒くさがり掃除しないで済ます方法を時間をかけ考えるのだ。(その時間

で掃除しろ)なんとシリンダーに入りきらないカートが隣の穴にはスポッっと入ったのだ。「これだ」(ニヤリ)そ

れ以後6発のカートが入る穴をそれぞれ探しまわり装備する日々が続いた。なあに安心だ。六つも穴があるんだ。ど

こかには収まる。しかし、程無く、カートはどこにも入らなくなった・・・・さすがにじゃじゃ馬にも疲労が見える

ようになった。紙火薬で汚れ、バラバラに分解されたピーメはいつしか組み立てられないまま何処かに行ってしまっ

た。「さよならも言わないで旅立つなんて最後まで粋なじゃじゃ馬だったぜ」「ピーメ!カンバ~ック」
  


Posted by ガンスミス  at 01:24Comments(0)ガンの思い出